北大阪商工会議所 会員紹介

2026.04.23更新

恩地食品株式会社 代表取締役 恩地 宏昌 様

恩地食品100年の革新
丸い麺が紡ぐ「大坂うどん」の誇りと世界への飛躍

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今回の主人公は、枚方市に本社を置く恩地食品株式会社の三代目代表取締役社長、恩地宏昌氏(63)。ことし創業100周年という大きな節目を迎える同社は、1日10万食以上のゆで麺を製造販売し、関西人なら誰もが耳にしたことのある「あ~おんちかった」というキャッチフレーズとともに、地域の食卓を支え続けてきた。関西初のアルミ鍋焼きうどんの開発や、業界に先駆けた衛生管理システムの導入など、同社の成長を支えたのは、時代を先取りする開発力である。
近年では、大阪・関西万博を契機とした積極的な海外展開を進めている。恩地氏は「我々はただうどんを売っているのではない。大阪のうどん文化の一翼を担い、その文化を世界に広めていくことが使命だ」と強調する。
一方で、「地元で愛されない企業が世界で愛されることはあり得ない」との信念のもと、地元枚方を「一丁目一番地」と定め、地域貢献にも精力的に取り組んできた。産学連携による枚方ゆかりの商品の開発のほか、七夕伝説のPRなどにも力を注いでいる。
恩地氏が描く未来は、イタリアの食卓に「うどんパスタ」を並べることである。大阪うどん伝統の「丸い麺」に込められた哲学と、次なる100年に向けた挑戦の軌跡を追う。

氷屋から製麺業へ、テレビCM秘話

恩地食品の歴史は、1926(昭和元)年に遡る。祖父が創業した当初、恩地一族は奈良との県境に近い生駒周辺に住み、冬に池で張った氷を切り出して夏に販売する「氷屋」を生業としていた。夏場は需要が高かったものの、冬場は仕事がなくなるため、その副業として始まったのが製麺であった。
大きな転換期は、父である二代目・稔留氏の時代に訪れる。戦後、冷蔵庫の普及という時代の変化を察知した稔留氏は、家業を継ぐ際にある条件を提示した。「これからは氷の需要は拡大しない。二兎を追うものは一兎をも得ず。氷をやめて、うどん一本、麺一本でいく」。この決断により、同社は製麺専業メーカーとしての歩みを本格化させた。

展望を語る恩地社長

展望を語る恩地社長

1970年代に入り、高度経済成長とともにスーパーマーケットが普及すると、同社の成長は加速する。関西で初めて、そのまま火にかけられるアルミ鍋入りの「鍋焼きうどん」を発売。爆発的なヒットを記録し、現在も同社を代表するロングセラー商品となっている。
また、恩地食品の100年を語る上で欠かせないのが、業界全体の発展に寄与した技術革新である。麺の保存料として使用されていた過酸化水素が使用禁止になる直前、同社は独自に「フレッシュ&コールドシステム」を開発。ゆでたての麺を急速冷却することで菌の繁殖を抑えるこの技術を、自社で独占することなく業界全体に公開した。「先代は業界全体のことを考えていた。全国から多くのメーカーが見学に訪れ、この技術が製麺業界のスタンダードになった」。
1976(昭和51)年に放送を開始した浜村 淳氏のテレビCMは、同社のブランドを不動のものにした。関西初の生コマーシャルで、スタジオでグツグツと煮える鍋焼きうどんを浜村氏がその場ですすり、「あ~おんちかった」と締める演出は強烈なインパクトを残した。この名フレーズは、撮影時に浜村氏自らが考案したものだという。実は、このCM戦略には、切実な「採用」への思いが込められていた。当時、早朝からの水仕事が多い製麺業界は人材確保に苦労しており、「営業マンを5、6人雇う費用をCMに投じよう」と先代が決断したのである。その効果は絶大で、後に始まった大卒採用では、応募が殺到した。

「大坂うどん」400年の歴史と「意味」を売る哲学

恩地氏が三代目社長に就任したのは2003(平成15)年、40歳の時である。大学卒業後、広島のタカキベーカリーで3年間修行を積んだ。同店ではパンだけでなく花も販売しており、「パンを売るのではなく、食卓という豊かな空間を提案する」という教えに衝撃を受けたという。この経験が、「物を売るのではなく、物の持つ意味を伝えることが大切だ」という現在の経営哲学へとつながっている。
恩地氏は大阪府立大学(当時)と産学共同で大阪うどんの歴史を研究した。ルーツは約400年前、大坂城築城の際、「砂場」と呼ばれた資材置き場周辺に集まった労働者向けの屋台にまで遡る。四角い断面の讃岐うどんに対し、大阪うどんは、角のない丸い麺が特徴である。これは奈良の手延べ麺の技術が伝わったことに由来するとされる。歴史も含めた大阪うどん文化を伝えるため、恩地氏はオリジナルキャラクター「うどん姫」を用いたアニメーションを4カ国語で制作し、世界に向けて「大坂うどん」のアイデンティティを発信している。

すべては枚方愛から生まれた

世界を見据えつつも、恩地氏の視線は常に地元・枚方の足元に向けられている。その象徴が、枚方の七夕伝説をテーマにした商品「天の川紅白そうめん」である。この商品は当商工会議所の地域ブランド創出支援の一環として、関西外国語大学の学生との産学連携により誕生した。パッケージの文字は、恩地氏の幼稚園以来の親友であるタレント・川﨑麻世氏が左手で揮毫したものだ。箱を切り取ると願い事を書く短冊として使えるエコな工夫も施されている。川﨑氏とは、「しあわせのモニュメント」を共同制作して枚方市へ寄贈するなど、郷土愛を形にする活動を続けている。
さらに、人気ゲーム『桃太郎電鉄』の最新作では、枚方市が目的地として登場し、恩地食品をモデルにした「鍋焼きうどん工場」が物件として採用された。

会社と共に長い歴史を歩んできた工場看板

会社と共に長い歴史を歩んできた工場看板

恩地氏は先代から続いて当商工会議所議員を務め、北大阪工業クラブ会長にも就任している。地元の小中学校での「職業講話」にも積極的に登壇している。「子どもたちにビジネスの楽しさを伝え、地元企業に誇りを感じてもらうことこそが、100年先も地域を活性化させる鍵だ」と語る。

「引き算の理論」と乾麺への大転換で世界へ

現在、同社の売上構成は約2600店舗にのぼるスーパーマーケット向けが約99%を占めている。今後は利益率の安定する業務用の拡大と海外展開を次なる成長の柱に据える。世界進出にあたり、恩地氏が下した最大の決断は「乾麺」へのシフトであった。当初の半生うどんは賞味期限が3カ月で輸出には不向きであったが、コロナ禍を機に常温で1年間保存可能な乾麺へと切り替えた。この転換により、台湾やシンガポール、さらに欧米のホテルや日本食レストランへ、品質を維持したまま大阪の味を届ける物流基盤が整った。
この乾麺開発の根底にあるのが、「引き算の理論」だ。「何かを足して作った商品は、他社にすぐに真似されてしまう。究極の差別化は、余計なものをそぎ落とし、本質だけを残す『引き算』にある」。この信念に基づき、同社は小麦粉のみで作られ、食塩すら使用しない「無塩・無添加」の麺を実現した。世界的な健康志向にも合致する。原料供給不安も見据え、植物性原料のみで出汁を取るヴィーガン対応の研究も進めている。
国内向けでは、女性をプロジェクトリーダーに抜擢し、九州産小麦を100%使用した「九州麦のよかうどん」を開発。独自の「もちふわ」食感と親しみやすいデザインが支持を集め、カテゴリー上位を争うヒット商品となっている

半生・乾麺の商品ラインナップ

半生・乾麺の商品ラインナップ

枚方は“一丁目一番地”、そして世界へ

「世界への発信を目指しているが、一番大事なのは地元・枚方という一丁目一番地。地元で愛されない企業が世界で愛されることはあり得ない」と恩地氏は強調する。
恩地氏は、うどんを「世界の食文化とコラボできる柔軟な食材」と定義し、タイのトムヤムクンや韓国のプルコギ、ベトナムの生春巻きなど、現地の味と融合させる提案を続けている。すでに台湾やシンガポールへの輸出に加え、ジョージアの大使館へ「シュクメルリうどん」のレシピを提案するなど、現地の食文化と融合する柔軟な戦略を展開している。また、大阪らしい遊び心から生まれた「たこ焼きうどん」も話題である。もともとは大阪大学の学食の人気メニューに着目し、約20年前に商品化。大阪・関西万博を契機に再発売した。
恩地氏の最終的な夢は、パスタの本場イタリアへの進出である。「究極にはイタリアへ行きたい。お年寄りや子どもにも優しい『うどんパスタ』を普及させるのが夢。断面に角がない丸い麺で、世界を丸く収めたい。食は世界平和につながると信じている」。
100年の伝統を守ることは、変化し続けることと同義なのかもしれない。“一丁目一番地は地元・枚方”という信念を持ちながら、“大阪うどんを世界のスタンダードへ”。丸い麺が紡ぐ挑戦は、これからも枚方の地から世界へと広がっていく。

Member Data

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事業所名 恩地食品株式会社
所在地

〒573-0067
大阪府枚方市伊加賀緑町2番2号

TEL

072-845-1134

HP

29306996_s (1)

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