ブログ
2025.12.15更新
(この記事は、会報誌『North』11月号(2025)に掲載されたものです)
ついに日本国際博覧会( 以降、大阪・関西万博)が10月13日、184日間の会期を経て幕を閉じた。夢洲での開会当初はチケットの売れ行きが想定を下回ったり、海水付近の構造物が部分的に崩落したりなど、プロパガンダの影響なのかメディアからめっぽう叩かれたりしていた。しかし、終わってみれば入場者からの評判は上々。もう一回行きたかったという声が後を絶たない。リピーターは比較的近隣の関西圏の人々に集中しているだろうが、終盤ラスト1ヶ月には入場制限がかかり、チケットが買いたくても買えない、チケットを持っていても入れない、入場すれば人ごみの中を移動するような危険な状況になるほどであった。いったい人口密度はどれほどだったのだろうか。おそらく終盤の開場時間内は一時的に日本で一番人口密度が高い地域になっていたに違いない。
そんな大阪・関西万博では、当所からも会員事業所が出店・出展していたり、会社の記念イベントを開催したり、ビジネスミーティングが行われたり、各種団体で視察研修会を組んだり、当所が事務局を担って市の万博イベントを運営したりと、蓋を開けてみれば様々なかかわり方をしたビッグイベントであった。今回の特集ではその一部を紹介するとともに、万博の後、状況やアフター万博について、果たしてただの一過性のイベントに終わってしまうのか、私なりに推察していきたい。
この北大阪エリアの事業所を始め、行政・各種団体・個人も大阪・関西万博の賑わいに少なからず貢献していた。
当所からの視点で見れば、久門会頭を筆頭に海外の外務省やパビリオン関係者と多くのビジネスミーティング(ベルギー館レストラン昼食、インドネシア館、大阪ウィーク参加、イギリス館、アメリカ館視察・責任者との会談、パソナ館責任者と面談・解説付き視察等)が執り行われ、また大阪府下の市町村が展示や飲食ブースを出展するEXPOメッセ「W ASSE」で行われた「大阪ウィーク」では当所会員事業所で地域に根差した食に纏わる活動をされている団体やチームによる飲食ブース、当所が枚方市と連携して実施している枚方市版オープンファクトリープロジェクト「不器用ファクトリー」の万博バージョンも出展を果たした。
個別の会員事業所で目立ったのは、ウォータープラザのほとりで日本の優れた食文化である発酵をテーマとしたレストラン「HASSHOKU」を通期で展開した株式会社初亀(The NORTH6月号表紙・Nijiriguchiでも紹介)や今年で60周年を迎える枚方市民ならご存じ「たまゆら(株式会社TAMAYURA)」は大阪ヘルスケアパビリオンにて9月2日~9月8日までの1週間〝ミライのユニフォーム”をテーマに展示、枚方市内で周年式典も執り行った「TAMAYURA FESTA 2025」では会期中のPRのためミャクミャクがやってきた。
ひとことで済ませてしまえばあっさりとしたものだが、少しでも裏側にふれたものであれば感じる壮絶なドラマがそれぞれにあったのではないだろうか。それは北大阪に限らず全国各地、また世界中から様々なものが集結して、それが大きなエネルギーのうねりとなって、この歴史に残る大阪・関西万博を成功に導いたのではないだろうかと、妄想に浸るのは私だけだろうか。今回はそんな大阪・関西万博という大きなパズルの中の北大阪のワンピースを一部画像で紹介したい。
~真夏の陣~
【7月29日(火) 9時~21時】
【7月30日(水) 9時~16時】
~秋の陣~
【9月13日(土) 9時~21時】
【9月15日(月・祝) 9時~16時】
【7月29日(火) 9時~21時】
大阪ウィークおよび特許庁の2つのイベントには、事業者・関係企業・大学・支援機関等、延べ29団体が関与し、関係スタッフは延べ243名であった(前日設営を含む)。
※春は出展なし

アメリカ館の視察

アメリカ館でのプレゼンテーション

インドネシア館の責任者と握手を交わす久門名誉会頭

パソナ館での案内付き解説

やりなはれを視察する久門名誉会頭

完売でやりきった食べなはれチーム

大阪ウィークエントランスのサイネージ

やりなはれチーム

ダイコロ株式会社で行われたオーストラリア ローガン市とのビジネスミーティング
大阪・関西万博の熱狂が冷め、特設された会場の解体が静かに進む中、注視すべきは約2.9兆円とも試算された短期的な経済波及効果の反動と、万博を起点とした中長期的なビジネスの芽である。万博閉幕後、まず避けられないのは、建設業、宿泊業、イベント関連産業における特需の急減だ。会場建設や周辺インフラ整備、パビリオン運営に携わった企業は、次の大規模案件を確保できるかが喫緊の課題となる。特に資材高騰や人件費上昇の中で「万博価格」で受注した事業者は通常案件への移行で利益率の確保に苦しむ可能性も無視できない。当面は解体需要が一時的に発生するだろうが、大規模な新規投資である統合型リゾート(IR)計画までは時間差があり、需要の谷が生じる。約2,900万人もの来場者数によるインバウンドを含む消費熱の風化によるポスト万博シンドロームの影響は避けられないだろう。万博を契機に開業したホテルの稼働率は一体どうなってしまうのだろうか。
一方で今回の万博は関西経済に構造変化の種をまいた。「万博レガシー(遺産)」とでも呼ぶべきか、これを社会実装させることでビジネスの持続的な発展と今後の成長に繋げていくことが、延いてはアフター万博をポスト万博シンドロームとは言わしめない、この素晴らしかった万博をプラスのレガシーとして広く人々の記憶に残し、未来への財産として紡いでいくことができるのではないだろうか。我が街、北大阪においてもこの万博を契機に生まれた物事やアイデアを育て、子どもたちの未来へ紡いでいかれることを願いたい。
※本記事は、会報誌『North』11月号(2025)より転載しました。